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2025年5月16日、政府は「106万円の壁」の撤廃を柱とする年金制度改革関連法案を閣議決定しました。
この改正により、週20時間以上働く短時間労働者は企業規模を問わず、段階的に社会保険へ加入することになります。
本記事では、この撤廃がパート・主婦・短時間労働者の働き方や可処分所得に与える影響を、123万円の税金ラインや130万円の扶養ラインとの関係も含めて解説します。
「年収の壁」はなぜ生まれたのか?その構造
まず、「年収の壁」とはどういう意味なのでしょうか。
本来、年収が増えれば手取りも増えるのが自然な感覚です。しかし、日本の税制度や社会保険制度では、年収がある基準(壁)を超えると税金や保険料が一気にかかる仕組みになっています。そのため、逆に「年収が少し増えたのに手取りは減った」という現象が起きてしまいます。この現象を避けるため、多くの主婦やパートタイマーは「扶養から外れないように」「手取りが減らないように」といった理由から、就労時間や年収を“調整”する働き方を選んできました。
これが「年収の壁」です。
年収の壁は大きく2種類
- 税金の壁 … 所得税や住民税の非課税ライン(例:123万円の壁)
- 社会保険の壁 … 健康保険・厚生年金への加入要件や扶養判定(例:106万・130万円の壁)
この記事では、特に社会保険に関わる「106万円の壁」と「130万円の壁」に焦点を当てます。
※ 税金の壁(123万円)についての詳細は下記記事で解説しています。
⚠️注意点:税金と社会保険は別物
注意したいのは、「税金がかからない=扶養を外れない」というわけではないという点です。所得税や住民税の非課税と、健康保険や厚生年金の加入要件(扶養判定)は、まったく別の制度に基づいています。このため、たとえ年収123万円以下で税金がかからなかったとしても、一定の条件を満たすと社会保険の加入義務が発生し、扶養から外れて保険料を負担しなければならない場合があります。
この点については、次のセクションで詳しく解説していきます。
106万と130万の壁の違い(撤廃前/撤廃後)
項目 | 撤廃前(現行) | 撤廃後(段階的導入) |
---|---|---|
106万円の壁 | 年収約106万円(月8.8万円)以上 週20時間以上 従業員51人以上など 条件を満たす短時間労働者が勤務先の社会保険に加入 |
週20時間以上 週20時間以上勤務なら企業規模を問わず社会保険に加入 |
130万円の壁 | 配偶者の扶養判定ライン 年収130万円以上で扶養から外れ、自分で保険加入 |
継続。ただし130万円未満でも週20時間以上勤務なら加入あり得る(106万の撤廃により) |
✅106万円の壁とは(厚生年金・健康保険の加入ライン)
撤廃前(現行)
年収約106万円(月8.8万円)以上で、以下の条件をすべて満たす短時間労働者は勤務先の社会保険(厚生年金・健康保険)に強制加入していました。
- 週20時間以上勤務
- 月額報酬8万8千円以上
- 勤務期間1年以上見込み
- 従業員51人以上の企業(※段階的に縮小)
- 学生でない
撤廃後(段階的導入)
- 年収要件を廃止
- 企業規模を問わず「週20時間以上勤務」で加入
- 学生・短期雇用など一部例外あり
これにより、「扶養内でも週20時間以上働けば加入」という仕組みになり、加入条件の軸が「年収」から「勤務時間」へ移行します。
✅130万円の壁とは(社会保険の扶養判定ライン)
勤務先で社保加入条件を満たせば厚生年金+健康保険、満たさなければ国民健康保険+国民年金へ加入。
年収130万円以上になると配偶者の扶養から外れ、自分で健康保険・年金に加入。
これまでは130万円未満なら扶養内でいられたが、106万円の壁撤廃後は130万円未満でも週20時間以上勤務なら加入あり得る。
ここで疑問が出ませんか?そもそも106万円の壁があるのに、何故130万円の壁もあるのか?そこで、次は130万円の壁にあてはまるケースを説明します。
【従来の130万円の壁にあてはまるケース】
下のどれかに該当すると、その時点では“106”による会社の社保加入にはなりません(=この人は130万円の被扶養判定の対象になり得ます)。
- 週の所定労働時間が20時間未満
例:契約が「週15〜19時間」。一時的に残業で20時間超えても、2か月連続で超えない限り加入にはなりません(2か月連続で超えれば3か月目から加入) - 月額賃金が8.8万円未満(※賃金要件は将来撤廃予定)
例:所定内賃金が8.8万円に届かない。短期的に超えても常態化していなければ加入義務にならない扱い - 雇用見込みが2か月以内の短期
例:繁忙期の短期アルバイト(2か月以内の契約) - 昼間の学生(原則、適用外)
※夜間・通信は対象になることがあります - 勤務先がいまの適用拡大の“企業規模要件”に達していない
例:厚生年金の被保険者数が51人未満の事業所(任意適用を除く)。今後は段階的に縮小・撤廃予定 - 掛け持ちだが、どの会社でも「週20時間未満」(合算しない)
例:A社15時間+B社10時間=合計25時間でも、各社ごとに判定するため加入にならない - 雇用ではなく業務委託(個人事業)
被用者保険の対象外(国保・国民年金側の扱い)。(一般論)
「106万円の壁」撤廃の背景とスケジュール
少子高齢化で現役世代が減少し、年金制度の持続可能性が課題となっています。非正規や短時間労働者の「無年金・低年金」リスクを減らすため、より多くの人に厚生年金へ加入してもらう狙いがあります。
適用拡大の流れ
年 | 改正内容 |
---|---|
2016 | 501人以上企業対象で開始 |
2022 | 101人以上に拡大 |
2024 | 51人以上に拡大 |
2025 | 賃金要件撤廃(週20時間基準へ移行開始) |
2035 | 企業規模要件撤廃予定 |
ポイント
「うちは小規模だから関係ない」という考えは通用しなくなります。数年以内に多くの短時間労働者が対象になり、勤務時間や収入の調整だけでは扶養内を維持しにくくなります。
次のセクションでは、この「可処分所得がどう変わるか」について、より具体的に見ていきます。
可処分所得はどう変わる?「今」と「将来」のトレードオフ
社会保険に加入すれば、将来の年金額や医療・出産・育児の保障は確実に充実します。
しかし、その保険料は給与から天引きされるため、今の手取り(可処分所得)は減少します。
【デメリット】今を重視すると“損した気分”に?
- 月15,000円の社会保険料負担 → 年間約18万円減(年収120万円・週25時間勤務例)
- 配偶者控除や扶養手当が減る可能性もあり、家計全体ではさらに減収に
- 家計に余裕がない・教育費など出費が多い世帯では影響が大きい
【メリット】将来の年金・保障は手厚く
- 厚生年金の報酬比例部分が加算され、国民年金のみより将来月1〜2万円多い年金額に
- 傷病手当金・出産手当金・育児休業給付金など、現役世代でも使える給付が増える
- 医療・介護保険の自己負担軽減や保障拡大
年収別の目安(撤廃後を想定)
年収 | 所得税・住民税 | 社会保険料 | 手取り感覚 | 扶養扱い |
---|---|---|---|---|
100万円以下 | 非課税(※) | なし | 高い | 扶養内 |
106万円超 | 非課税(※) | 条件により加入あり | やや減る | 条件により外れる可能性 |
110万円超 | 所得税なし/住民税あり(※) | 条件により加入あり | やや減る | 条件により外れる可能性 |
123万円超 | 所得税あり/住民税あり | 加入で▲18万円程度 | 減るが保障あり | 加入時は扶養外 |
130万円未満 | 所得税あり/住民税あり | 条件により加入あり | 境界線で管理難 | ギリギリ扶養内または外れる |
130万円以上 | 所得税あり/住民税あり | 加入確定 | 減るが保障あり | 扶養外 |
(※)”住民税の非課税・課税の基準は自治体によって異なります。必ずお住まいの自治体の公式情報で最新の基準をご確認ください。”
働き方パターン例
- 週20時間未満で扶養内キープ(今の手取り重視)
- 週20時間以上で加入し、将来の年金・保障重視
- 社保加入を前提に年収アップを目指す(複数勤務や独立含む)
「損をしない働き方」から「納得できる働き方」へ
- 2025年の税制改正と106万円の壁撤廃により、扶養内で働き続けるのは徐々に難しくなる見込み
- 「勤務時間・年収の調整」だけでなく、将来の保障やライフプランも含めた選択が重要
- 制度は変わり続けるため、今の“得”が数年後も続くとは限らない
まとめ
今回の「106万円の壁」撤廃は、確かに週20時間以上働く扶養内パート・アルバイトの方にとっては、社会保険料の負担が発生し、短期的には手取りが減ることになります。しかし、その分は将来の厚生年金や各種給付金など、老後や現役時代の保障の充実という形で“たくわえ”になります。一方で、すでに社会保険に加入しているフルタイム・長時間勤務の方や、自営業で国民年金・国保に加入している方には、この改正による直接的な負担増はありません。
つまり、この制度改正は「今まで扶養内で保険料を払っていなかった短時間労働者」が主な対象です。働き方を選ぶ際には
- 今の手取り
- 将来の年金・保障
- 家計全体の税制メリット
を総合的に比較し、自分や家族にとって納得できる選択をしていくことが大切です。
▼次の記事は「150万円/160万円の壁」です。
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