健康保険制度の仕組みと適用範囲

目次

 健康保険は、被用者(サラリーマン等)が業務外で発生した傷病・出産・死亡等に対して、医療給付や金銭給付を受けられる公的保険制度です。根拠法は「健康保険法」で、厚生労働省の管轄のもと、全国健康保険協会(協会けんぽ)や各健康保険組合によって運営されています。
日本は国民皆保険制度を採用しており、すべての国民が何らかの医療保険制度に加入しています。健康保険はこの中でも、「民間企業に勤める被用者」を対象とした社会保険方式の一翼を担います。

【ポイント】

  • 国が運営する「国民健康保険」とは対象者や運営主体が異なる
  • 原則として、業務上の事故・疾病は労災保険の対象であり、健康保険は対象外

■ 強制適用事業所と任意適用事業所

健康保険の適用対象は、以下のように分類されます。

  • 強制適用事業所:法人の事業所、および常時5人以上の従業員がいる個人経営の事業所(農林漁業・一部サービス業を除く)
  • 任意適用事業所:一定条件下で、事業主と従業員の2/3以上の同意を得て申請することで適用可能

■ 被保険者の定義

原則として、適用事業所に使用され、一定の労働時間・日数を満たす労働者は健康保険の被保険者となります。

2022年10月からの法改正により、短時間労働者(週20時間以上、賃金月額8.8万円以上等)も加入対象となる企業規模が拡大しました(従業員101人以上 → 51人以上の企業へ)。

■ 被扶養者の条件

被保険者に扶養される家族(配偶者・子・孫・親など)も、一定の収入要件と生計維持関係が認められれば「被扶養者」として給付を受けられます。

【収入要件】

  • 年収130万円未満(60歳以上または障害者は180万円未満)
  • 被保険者の収入の2分の1未満であること
  • 原則として同一世帯であること

健康保険料は、被保険者が属する保険者(協会けんぽまたは健保組合)によって定められ、次のような仕組みで算定・徴収されます。

■ 保険料率の決定

  • 協会けんぽ:都道府県単位で保険料率を設定(約10%〜11%台)
  • 健康保険組合:各組合が独自に料率を設定(一般的に協会けんぽより低いことも)

■ 負担の割合

健康保険料は、事業主と被保険者が折半で負担します。例えば、保険料率10%で標準報酬月額30万円の場合:

  • 保険料:3万円(事業主負担15,000円+被保険者負担15,000円)

■ 標準報酬月額との関係

保険料は実際の給与に基づく「標準報酬月額」により毎月計算され、賞与も「標準賞与額」として年間573万円を上限に課されます。

■ 税制上の扱い

被保険者負担分の保険料は、**所得控除(社会保険料控除)**の対象であり、年末調整や確定申告で所得税・住民税の軽減効果があります。

健康保険では、医療にかかわる**現物給付(医療機関での治療)および現金給付(休業補償等)**の両方が整備されています。

療養の給付

被保険者または被扶養者が病気やケガをした際、保険医療機関において保険診療を受けられます。

  • 一部負担金:原則3割(小学生未満2割、75歳以上は所得に応じて1〜3割)
  • 対象外:美容整形、先進医療(自己負担)、差額ベッド代 等

■ 高額療養費制度

自己負担が高額になった場合、月単位で一定額を超えた分が払い戻される制度です。上限額は「所得区分×年齢」により異なります。

  • 「多数該当」(過去12か月に3回以上上限超え):上限引き下げあり
  • 限度額適用認定証の事前取得で窓口負担軽減が可能

■ 制度の目的

高額療養費制度とは、1か月(暦月)あたりの自己負担額が高額になった場合に、限度額を超える分が払い戻される制度です。
これにより、医療費が高額でも家計への急激な負担増を避けることができます。

■ 自己負担限度額の仕組み

自己負担の上限は年齢所得水準によって以下のように設定されます(69歳以下の例)。

所得区分年収の目安自己負担限度額(月額)
区分ア(上位所得者)約1,160万円~252,600円+(総医療費-842,000円)×1%
区分イ(一般所得者)約770万~1,160万円167,400円+(総医療費-558,000円)×1%
区分ウ(中間)約370万~770万円80,100円+(総医療費-267,000円)×1%
区分エ(住民税非課税)~約370万円57,600円(定額)
区分オ(住民税非課税・低所得者)生活保護レベル35,400円(定額)

■ 実例:総医療費100万円かかった場合(年収500万円・区分ウ)

▸ 3割負担の自己負担額(原則):

  • 総医療費:1,000,000円
  • 自己負担:1,000,000円 × 30% = 300,000円

▸ 高額療養費制度の上限計算(区分ウ):

  • 80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%
  • = 80,100円+7,330円 = 87,430円

▸ 実際の負担額:

  • 300,000円(医療機関で支払)- 212,570円(高額療養費として返金)
  • 自己負担:87,430円まで軽減される

■ 多数回該当とは?

直近12か月以内に3回以上、高額療養費の支給を受けた場合、4回目以降は限度額がさらに引き下げられます。

例:区分ウの場合 →

  • 通常:87,430円
  • 多数回該当後:44,400円

これは慢性的な病気や透析、抗がん剤治療など継続的に高額医療費がかかる人の救済策です。

■ 限度額適用認定証とは?

高額療養費は通常、支払後に申請して払い戻しされますが、事前に「限度額適用認定証」を取得しておくと、医療機関の窓口での支払いが上限額までに抑えられます

たとえば:

  • 認定証がない → 一旦30万円を支払って後日返金
  • 認定証あり → 最初から87,430円だけを支払えばOK

■ 活用ポイント

  • 老後の医療リスク対策として知識が必須
    → 退職後の医療費に備える資金計画で重要
  • 任意継続か国保か選ぶ際にも判断材料
  • 医療保険・がん保険の設計時に過剰補償にならないよう注意 → 高額療養費で一定額以上は補償されるため、実費型より定額型給付で補完する選択も検討

高額療養費制度まとめ

項目内容
対象同一月内(暦月)の1医療機関ごとの自己負担額が高額になった場合
上限額年齢・所得区分により設定
申請方法事後申請(払戻し)または限度額認定証で事前に軽減
備考多数回該当による軽減措置あり(長期治療者に有利)

傷病手当金

業務外の病気やケガで働けなくなったとき、一定期間の所得補償を目的に支給されます。

【要件】

  • 業務外の傷病で労務不能
  • 連続3日以上の待機
  • 4日目以降の休業日が支給対象

【金額】

  • 標準報酬日額 × 2/3
    (1日あたりの賃金の約66.67%)

【期間】

  • 支給開始日から最長1年6か月

※育児休業給付や失業手当と併給不可

出産に関する給付

  • 出産育児一時金:1児あたり原則50万円(産科医療補償制度加入機関の場合)
  • 出産手当金:産前42日・産後56日(多胎は産前98日)、給与が支払われない場合に傷病手当金同様に支給

死亡に関する給付

  • 埋葬料:被保険者が死亡した場合、5万円が支給
  • 埋葬費:家族が葬儀費用を実費負担した場合に支給(上限5万円)

退職後も引き続き健康保険に加入できる制度です。

【要件】

  • 資格喪失日の前日に継続して2ヶ月以上の被保険者期間
  • 資格喪失日から20日以内に申請

【特徴】

  • 保険料は全額自己負担(会社負担分含む)
  • 標準報酬月額は上限28万円(協会けんぽ)
  • 最長2年間の継続が可能
  • 再就職・未納・死亡等で資格喪失

【選択のポイント】 退職後は国民健康保険との比較が必要。

  • 扶養家族が多いと任意継続の方が有利な場合もある
  • 国保は所得に応じて保険料が大幅に変動する

健康保険制度には2つの運営主体があります。

■ 協会けんぽ(全国健康保険協会)

  • 中小企業が中心に加入
  • 都道府県単位で保険料率が異なる
  • 一般的な給付水準
  • 独自の付加給付は原則なし

■ 健康保険組合(大企業・業界団体)

  • 大企業や業界単位で設立
  • 保険料率を組合ごとに設定(協会けんぽより低い例も)
  • **付加給付(高額療養費の自己負担軽減や独自の給付)**あり
  • 保養施設・人間ドック補助など福利厚生が充実

■ 国民健康保険(国保)

【対象者】

  • 自営業者、無職者、退職者、扶養に入らない非正規労働者など
  • 法人代表者・役員(被用者保険の適用除外)

【運営主体】

  • 原則として市区町村
  • 一部は広域連合(都道府県単位)で管理

【保険料の計算方法】

  • 所得割+均等割+平等割+資産割(自治体により)
  • 世帯単位で課され、扶養という考え方はない

【給付内容】

  • 原則は健康保険と同様
  • 傷病手当金や出産手当金は原則なし(市町村によっては独自給付あり)

【注意点】

  • 所得が高いほど保険料は上昇(定率負担)
  • 被扶養者がいると世帯単位で保険料が大きくなる可能性あり

■ 後期高齢者医療制度

【対象者】

  • 75歳以上(または一定の障害がある65歳以上)
  • 健康保険・国保から自動的に移行

【運営主体】

  • 都道府県ごとの広域連合

【特徴】

  • 原則1割負担(現役並み所得者は2割または3割)
  • 保険料は年金天引きまたは個別納付
  • 原則個人単位(扶養という概念はなし)

【比較まとめ(FP試験向け表形式)】:

制度運営加入単位扶養制度傷病手当金出産手当金
健康保険協会けんぽ / 組合個人+扶養ありありあり
国保市区町村世帯単位なし原則なし原則なし
後期高齢者広域連合個人なしなしなし

◆ 退職時の保険選択

  • 任意継続 vs 国民健康保険の比較が重要
  • 扶養家族が多い・所得が低い人は国保の方が有利な場合も
  • 比較は「保険料シミュレーション」で事前試算推奨

◆ 傷病手当金と他制度との調整

  • 傷病手当金と失業手当は併給不可
  • 出産手当金と育児休業給付は同時に受給できないケースあり(出産→育休の流れで移行)
  • ダブルで請求しないよう、手続きのタイミングに注意

◆ 高額療養費制度の申請忘れ

  • 「限度額適用認定証」は入院前に取得すれば支払いが抑えられる
  • 後から申請するより、事前取得が推奨

◆ 家族の扶養認定のミス

  • パート主婦が年収130万円を少しでも超えると扶養から外れるリスク
  • 医療費自己負担の増加に加え、保険料の全額負担も生じる

■ 医療費増加と財政悪化

  • 高齢化により医療費が急増
  • 医療保険財政は厳しく、自己負担割合の引き上げや給付制限が検討される可能性あり

■ マイナ保険証の義務化と電子化

  • 紙の保険証を2025年末で廃止予定
  • オンライン資格確認・マイナカードによる管理強化

■ 世代間の公平性問題

  • 若年層の負担増 vs 高齢層の給付維持
  • 保険料率の引き上げや所得調整(応能負担)の拡大が今後の議論対象
  • 健康保険は被用者のための社会保険制度であり、他の制度との比較が重要
  • 特にライフイベント(退職・出産・高齢化)ごとの選択や申請タイミングが家計に直結
  • 「知らないことで損する」場面が多い
  • 給付を受けられる制度と、そうでない制度の境界を明確に理解することが重要
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