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災害や盗難、横領は、私たちの生活に予期せぬ大きな経済的負担をもたらす可能性があります。このような状況に直面した際、納税者の税負担を軽減するために設けられているのが「雑損控除」という制度です。この制度をうまく活用することで、所得税や住民税を軽減できる場合があります。
この記事では、雑損控除の基本的な仕組みから、どのような損害が対象になるのか、具体的な計算方法、そして実際に控除を受けるための手続きまで、初心者の方向けに分かりやすく解説します。この記事を読んで、雑損控除の適用対象となるかの判断、控除額の計算方法、そして適切な税務処理を行うための第一歩を踏み出しましょう。
雑損控除とは?その目的と対象を理解しよう
雑損控除の基本概念と目的
雑損控除とは、災害または盗難もしくは横領によって、納税者やその家族が所有する資産に損害を受けた場合に受けられる所得控除です。
この制度は、予期せぬ異常な損失により納税者の「担税力」(税金を負担する能力)が減少した場合に、その負担を軽減し、公平な課税を実現することを目的としています。控除が認められると、その分所得金額が小さくなり、結果として所得税と個人住民税の税額が安くなります。
雑損控除は、第二次世界大戦後にシャウプ勧告に基づき、米国の災害損失控除制度を参考に1950年に創設されました。創設当初は幅広い損失が対象でしたが、その後の改正により事業用資産や生活に通常必要でない資産は対象外とされ、その適用範囲が絞られてきました。

✅ 雑損控除は「所得税」と「住民税」
両方に適用される控除
- 所得税計算時の課税所得から差し引ける
- 住民税計算時の課税所得からも差し引ける
- 控除額は原則として同額
控除の対象となる損害の原因
雑損控除が適用される損害の原因は、所得税法により具体的に定められています。
- 自然現象の異変による災害:震災、風水害、冷害、雪害、落雷、干害、噴火など。
- 人為による異常な災害:火災、火薬類の爆発など。運用上は、毎年積雪がある地域での雪下ろし費用のように、被害拡大防止のために緊急に必要な措置費用も含まれることがあります。
- 害虫などの生物による異常な災害:白アリの被害などが該当する場合があります。
- 盗難
- 横領
【誤解しやすい点・注意点】 上記の原因に該当しない場合、例えば詐欺や恐喝によって受けた損失は、雑損控除の対象にはなりませんので注意が必要です。また、一般的な交通事故による損失も対象外となることが多いです。
控除の対象となる資産とその要件
雑損控除の対象となる資産は、以下の要件をどちらも満たす必要があります。
- 資産の所有者に関する要件:
- 納税者本人。
- 納税者と生計を一にする配偶者やその他の親族で、その年の総所得金額等が48万円以下の方(令和元年分以前は38万円以下)。
- 資産の種類に関する要件:
- 棚卸資産、事業用固定資産、山林、または「生活に通常必要でない資産」のいずれにも該当しない資産であること。
「生活に通常必要でない資産」とは、具体的には以下のようなものが挙げられます。
- 別荘など趣味、娯楽、保養または鑑賞の目的で保有する不動産。
- 平成26年4月1日以後は、同じ目的で保有する不動産以外の資産(例:ゴルフ会員権など)も含まれます。
- 貴金属(製品)や書画、骨董など、1個または1組の価額が30万円を超える動産。
【具体例】
- 通勤や日常生活に使用する自動車は、通常必要と認められるため雑損控除の対象になります。しかし、趣味で保有している高級スポーツカーは対象外です。
- 店舗併用住宅(例えば1階が店舗、2階が住宅)が被害を受けた場合、住宅部分に係る損失は雑損控除の対象となりますが、店舗部分に係る損失は事業用の固定資産であるため対象外となります。この場合、店舗部分の損失は事業所得の計算上の必要経費として算入することになります。
雑損控除額の計算方法をステップバイステップで
雑損控除の金額は、以下の2つの計算式のいずれか多い方の金額となります。
控除額の算出式
- (差引損失額)-(総所得金額等)×10%
- (差引損失額のうち災害関連支出の金額)-5万円
【具体例で理解しよう】 例えば、あなたが以下の状況だったとします。
- 差引損失額:200万円
- 総所得金額等:300万円
- 差引損失額のうち災害関連支出の金額:100万円
それぞれの計算式に当てはめると、以下のようになります。
- 200万円 - 300万円 × 10% = 170万円
- 100万円 - 5万円 = 95万円
この場合、(1)の金額(170万円)の方が大きいため、雑損控除の金額は170万円となります。この金額が、あなたの所得から控除されることになります。
差引損失額の計算
雑損控除額を求めるためには、まず「差引損失額」を計算する必要があります。差引損失額は、以下の計算式で求められます。
差引損失額 = 損害金額 + 災害等関連支出の金額 - 保険金等の額
損害金額の計算(時価基準)
「損害金額」とは、**損害を受けた時の直前におけるその資産の時価(市場での価値)**を基にして計算した損害の額です。
具体的な計算式は以下の通りです。 損害金額 = (取得価額 - 減価償却費) × 被害割合
- 取得価額:その資産を最初に取得した時の費用です。
- 減価償却費:時間の経過や使用によって価値が減少した分を指します。計算式は「取得価額 × 0.9 × 償却率 × 経過年数」で求められます。償却率は資産の種類ごとに国税庁のホームページで確認できます。
- 被害割合:被害の状況に応じて15%〜100%の割合が設定されています。例えば、床上1m以上1.5m未満の浸水の場合、住宅で50%、家財で85%の被害割合が適用されます。詳細は国税庁のホームページで確認できます。
【誤解しやすい点】 被災した住宅や家財の時価を個別に算定し、証明することは非常に困難な場合があります。大規模な災害時には、国税庁が「合理的な計算方法」として、建物や家財の損失額を簡便に計算できる方法を公表することがあります。このような簡便な計算方法が利用できる場合は、それに従うことで、個別の時価証明の負担を軽減できます。
災害等関連支出の金額
「災害等関連支出の金額」とは、災害や盗難などに関連して、やむを得ず支出した費用を指します。具体的には以下のような費用が含まれます。
- 災害により滅失した住宅、家財などを取り壊し、または除去するために支出した金額。
- 盗難や横領により損害を受けた資産の原状回復のための支出。
これらの支出は、原則として災害のやんだ日から1年以内に支出したものが対象となります。ただし、東日本大震災や令和5年4月1日以後に発生する特定非常災害による損失額については、5年以内に支出したものも対象となります。
【具体例】 床上まで浸水した家屋を清掃したり、消毒したりするために専門業者に依頼して支払った費用などが該当します。また、豪雪地帯で家屋の倒壊などを防ぐために緊急に行った雪下ろし費用も、場合によっては対象となることがあります。
保険金等の額の取り扱い
「保険金等の額」とは、災害などに関して受け取った保険金や損害賠償金などの金額を指します。これらの金額は、雑損控除の計算において以下のように扱われます。
- まず、損害金額から差し引かれます。
- もし保険金等の額が損害金額を超過する場合、その超過分は災害等関連支出の金額から差し引かれます。
【注意点】
- 地方自治体(都道府県や市町村など)から受け取った「義援金」は、損害の補てんを目的とするものではないため、保険金等の額には含まれません。
- 確定申告の時点で保険金等の額がまだ確定していない場合は、その見積額を差し引いて損失額を計算します。その後、実際に受け取った金額と見積額が異なる場合は、税務署に修正申告を行う必要があります。
損失額が控除しきれない場合と確定申告の手続き
雑損失の繰越控除
雑損控除の金額が、その年の所得金額(総所得金額等)から控除しきれない(引ききれない)場合、その控除しきれない金額を翌年以後3年間(特定非常災害による損失の場合は5年間)にわたって繰り越して、各年の所得金額から控除することができます。
この「雑損失の繰越控除」は、他の所得控除に先立って控除されるという特徴があります。
【メリット・デメリット】
- メリット:一度に大きな損失を受けた場合でも、複数年にわたって税負担を軽減できるため、納税者の経済的再建を支援する役割があります。
- デメリット:日本の繰越期間は、米国(原則20年間)や一部の欧州諸国(無制限)と比較すると短いという指摘があります。また、一般的に過去の所得から控除する「繰戻し」は認められていないため、すでに納めた税金の還付をすぐに受けることはできません。
確定申告の手続き
雑損控除の適用を受けるためには、原則として確定申告が必要です。
- 所得税について:
- 税務署に対して確定申告書を提出します。申告期間は通常、被害を受けた年の翌年の2月16日から3月15日までです。
- 確定申告書には、雑損控除に関する事項を記載し、災害等に関連したやむを得ない支出の金額の領収書などを添付または提示します。
- その他、源泉徴収票など申告に必要な書類を添付または提示する必要がありますが、給与所得者の源泉徴収票は、平成31年4月1日以降、確定申告書への添付または提示が不要になりました。ただし、申告書作成時には引き続き必要です。
- 住民税について:
- 所得税の確定申告を行った場合、その内容は税務署から市区町村に通知されるため、住民税について別途手続きを行う必要はありません。市区町村が確定申告の内容に基づいて住民税額を計算し、納税者に通知してくれます。
- ただし、所得税の確定申告が不要な方(例:給与所得者で年末調整済みかつ雑損控除以外の控除がない場合など)は、翌年度の市・府民税申告書をお住まいの市区町村役場の市民税課に提出することで、住民税の軽減を受けることができます。
【主な必要書類】
- 損害金額がわかる書類(災害を受けた資産の明細書など)。
- 損害保険などによる補てん金がわかる書類。
- 災害関連支出に係る領収書。
- り災証明書(災害の場合)または被害状況が確認できる写真など。
- り災証明書は、市区町村が発行する公的な証明書です。
災害減免法との選択
雑損控除とは別に、「災害減免法による所得税の軽減免除」という制度もあります。これは、その年の所得金額の合計額が1,000万円以下で、住宅や家財の損害金額がその価額の2分の1以上の場合などに適用される税額控除の仕組みです。
納税者は、雑損控除と災害減免法のどちらか有利な方を選択して適用を受けることができます。
【注意点】 もし確定申告で「災害減免法」の適用を選択した場合、その内容は翌年度の住民税には自動的に反映されません。そのため、住民税の軽減を受けるためには、別途、市区町村に対して市・府民税申告を行う必要があります。
まとめ
雑損控除は、災害や盗難、横領といった予期せぬ出来事によって生じた損失に対し、納税者の税負担を軽減するための重要な制度です。この制度を理解し、適切に手続きを行うことで、経済的な損失に加えて税金による二重の負担を避けることができます。
制度の対象となる損害原因や資産の種類、控除額の計算方法、そして確定申告の手続きについて正しく理解することが、雑損控除を有効活用する鍵となります。特に、詐欺や恐喝による損失は対象外であること、そして**「生活に通常必要でない資産」は対象とならないこと**は誤解しやすい点ですのでご注意ください。
もしご自身のケースで雑損控除が適用できるか、あるいは計算方法や手続きについて不明な点があれば、国税庁のウェブサイトや、最寄りの税務署、またはお住まいの市区町村の税務担当窓口に相談することをおすすめします。万が一の事態に備え、被害状況がわかる写真、購入時の領収書、修理費の領収書、り災証明書など、関連する書類は大切に保管しておくようにしましょう。